Jan 27, 2008
「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔(森達也)
ワタクシは今んとこ無宗教なのですが、「宗教」ちうもんに対する大雑把なイメージは「規則が多そうで自由度下がりそうで面白くなさそう」ってイメージですね。「何かの宗教に属してる人」に対する姿勢は「『抜けろ』って言わないから『入れ』って言わないで」ぐらいかな。
でも「新興宗教」に関しては、「教祖さんが『○○しろー』ちうたら、全員が『はーい』って動いたりしそう」っちう「何か怖い」イメージが追加されますね。オウムの一連の事件の影響がでかいと思われます。
で、この本は、オウム真理教の荒木浩を主役にしたドキュメンタリー映画「A」の監督・撮影した森達也が、この映画を作る過程で思ったこと起こったことを書いたレポートものであります。
この森さんのスタンスが「信者の普段の生活を見せてください」ってとこにいるんで、まず信者の人に「オウムをやめなさい」って言わないんよね。説教とかしないし。「教団幹部が事件を起こしている」ってのは前提にしてるけど。なので信者の人が「こーゆー理由で入信しています」とか「事件に関してはこーゆー風に思ってます」とか、かなり自由に発言してるのが特徴っす。
たぶんテレビで発言したら、一発で論破されちゃうような発言なんやけど、それを一個一個積み重ねてることで「リアリティ」が出るって感じかなー(そのままテレビで流したら『擁護してる』ってクレーム山盛り出そう)。
麻原の裁判を傍聴した後で荒木が言った「アインシュタインが仮に人格破綻者だったとしても、彼の発見した真理の価値は変わりませんよね」あたりも、相手が森さんやから出た言葉なんやろーなー。「ガラスくらいならそれも出来るかもしれませんが・・・」あたりもね。
そんなリアルなセリフのやり取りや「これに関してはこーゆー風に思った」みたいな気持ちとか、いーっぱい書いてあるんやけど、最終的な「こーです」ってな結論は特にないのですよ。「ボクの目で見たらこんな感じでしたが、ここから先は読んだ人、映画を見た人が自分で考えてくださいね」ってなスタンスです。
ワタクシが読んだ限りでは、残ってる信者は「会社の別の部署が知らんとこで事件を起こしたことで、全体責任を取れーって言われて困ってる」な雰囲気に取れたんやけど、ほなそこに別のカリスマが現れて「お前ら、こんなんしなさい」って命令したら、「もしかしたら聞いちゃう危険性はありそーやなー」ってのは思ったかな。
でも、それを言い出したら、宗教に限らず他のいろんなもんでも誰かに依存してる人はいるわけで、「それと一緒」と思ったら、「オウムだけじゃないんやろーしね」な問題にもなるんやろーなー。ま、その手の災難に関しては避けられるもんでもなさそーやし、覚悟しとくくらいっかなさそうっすね。
オウムの内部から見た、外の景色である「狂乱のマスコミ」や「転び公妨」に関しても、メディアに属する人から見ての冷静な目線が新鮮です。森さんはフリーのテレビディレクターなので。大半は批判でありますが、作り手から出る批判なんで、ある意味内部告発に近いのかなー。
森達也のテレビ論や報道論は「職業欄はエスパー」や、「世界が完全に思考停止する前に」でも、いろいろ登場してるので興味のある方はどぞどぞー。どっちも面白いけど「A」を面白いと思ったら、「職業欄はエスパー」がお薦めかな(こっちもドキュメンタリーもん)。「世界が完全に思考停止する前に」はコラム集なんで、「軽くどんな文章か読んでみようかな」な人にお薦めっす。
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