Jun 17, 2006

「麦ふみクーツェ」(いしいしんじ)

ワタクシは本を読んでそれを気に入った場合「絶対、映像化してほしい」って思う時と「してほしくない」と思う時に分れるのでありますが、これは「後者」であります。とにかく自分が勝手に想像しまくれる部分が多いから。勝手に想像しまくったもんは「それが正解」って思いたいっすよね。

例えば「くさい臭い」ちうたら、すぐ想像が付くけどティンパニーの音を「くさい臭いがする」って言われたら、「こもってるのか、にじんでるのか、どんなんなんやろー?」ってのは、結局自分で想像するわけっすよね。この本はそんな想像しまくりの要素が山盛りなのであります。

「殴りあう子供のファンファーレ」とか、「赤い犬と目の見えないボクサーのワルツ」とか、まず「打楽器アンサンブル」ってどんな曲なんやろー?とか。目の見えないチェロ弾きの先生が『鏡なし亭』で娼婦一人一人の話を聞いたあとで弾く、チェロのソロ演奏はどんな音色なんやろー?ちょうちょおじさんの昔話で出てくる流れ星が流れる音も気になるし、音に関してだけであげてみても、想像しまくれるであります。

主人公のボクが、おとうさんとおじいちゃんとちいさい港町にやってきたとこから、物語はスタートであります。登場する人たちは「用務員のおじさん」やったり「郵便局長さん」やったり、とにかく固有名詞が出てきません。「固有名詞が出てこないだけでこんなに自由に想像できるんやなー」って感じっすね。どこの国かもどの時代かもわからんっす。

つまりこの本を何人かが読んで、「港町の絵を書こう」ってなった場合、全員が違うもんになると思うのであります(人種から含めて)。ほんでそこまで読者の想像まかせにしておきながら、話が破綻しないで進むってのが、懐のでかさちうか、テーマの普遍性を感じさせるっすね。「どー想像しても、それが正解」って言ってくれてるよーな気がして、そのあたりが読み心地の良さに繋がってるんやと思います。

お話全体のイメージは、宮沢賢治の童話っぽい印象かなー。「セロ弾きのゴーシュ」とか。さすが「大人も子どもも共有できる優れた作品」ちう基準で選考される坪田譲治文学賞受賞作品、ってことで。「主人公のボクがちょっとずつ大人になっていく」って、話のジャンルとしては珍しくないものでありますが、想像するの大好きな人には特にお薦めであります。

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